編集後記 302号  2008.6.13発行

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ふるさと村の水田

編集後記 302号  2008.6.13

本能寺の変があったのは天正10年(1582年)6月2日。織田信長は家臣・明智光秀に討たれた。そのころ、秀吉は毛利軍の備中・高松城を水攻めで苦しめていた。信長の死を聞くとただちに和睦の交渉にあたった。4日、和約の締結が成立した。2日間で戦いを終結し、主君の仇・光秀を討つために京に向かった。中国大返しといわれる。あまりの早さに光秀は驚愕する。山城と攝津の境に近い山崎の「天王山」で迎え撃つが、6月13日、その日に戦闘は決着した。信長が本能寺に倒れて10日。これを光秀の「三日天下」といい、天下分け目の戦いを、「天王山の戦」と呼ぶ。


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